《足尾銅山と近隣の散策》


旅は道連れ、予は情け...なんていうのは江戸時代の話ですが、旅により心もカラダもリフレッシュ。そんな景色を掲載していきます。
日光霧降高原(大笹牧場)〜足尾銅山観光を巡ってきました。
残念なことに霧降高原(大笹牧場)は名前の通り霧が濃く、写真も乏しいので足尾銅山観光のレポートです。
   
入場券を購入して、川沿いの道を下ります。トロッコ乗り場に到着、中に入ると..お出迎え!
足尾銅山は1610年(慶長15年)に発見されて以来、江戸時代から昭和48年までの400年近く続いた歴史のある銅山で、江戸・明治・大正・昭和と近代的な採掘技術を取り入れられ、日本の銅精練鉱山として発達してきました。
しかし、鉱毒問題が発生し、煤煙中のひ素やその他の有害物への人体の影響は当時の社会問題にもなりました。その発端が明治23年(1890)年にあった洪水で、製錬所周囲の鉱毒に汚染された土が大量に流出し、下流の桐生から栗橋までの水田約7千町歩に著しい鉱毒の被害を与えたのです。
その後、数々の公害への処置により再び日本有数の銅山として栄えたこの地は、前述の通り昭和48年に閉山となり、現在は間藤の精練所跡などに当時の繁栄が垣間見られるだけとなりました。この歴史を当時の銅坑を活かして、開示するように作られたのが町営の「足尾銅山観光」です。
また、足尾町内には日本最古の水力発電所「間藤水力発電所」の送水管と基礎の跡が残されており、精練所跡に加えて「当時の足尾町の繁栄」情緒が味わえます。
奥まで入ると、人影が....!外に出て、旧足尾精錬所の建物はを遠望する。
その後、数々の公害への処置により再び日本有数の銅山として栄えたこの地は、前述の通り昭和48年に閉山となり、現在は間藤の精練所跡などに当時の繁栄が垣間見られるだけとなりました。この歴史を当時の銅坑を活かして、開示するように作られたのが町営の「足尾銅山観光」です。
足尾町内には日本最古の水力発電所「間藤水力発電所」の送水管と基礎の跡が残されており、精練所跡に加えて「当時の足尾町の繁栄」情緒が味わえます。
近隣には、明治23年12月に完成した日本でも初期の鉄道用鉄橋や足尾町指定史跡の間藤水力発電所跡もあり当時の面影をしのばせます。
足尾銅山観光管理事務所
〒321-15 栃木県上都賀郡足尾町通洞9-2
開園時間/9:00〜16:30(冬期は変更あり)
入場料/大人620円、子供410円
駐車場/無料70台
TEL 0288-93-3240
→足尾商工会議所のホームページは面白い映像が!!

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